フリー素材サイトとして有名なイラストAC、写真ACは、ACワークスという会社が運営しています。
創始者は中野由仁氏。少なくとも2020年11月頃までは、ACワークスの代表を務めていた方です。
(イラストACの運営会社のページに長く中野さんのお名前が代表として載っていましたが、いつの間にか矢野晶弘さんという方と交代したようです。Waybackというツールで過去のページを確認したところ、最後に中野さんの名前があったのは2020年11月29日でした。)
今回ご紹介したいのはその中野さんの著書。2011年12月11日初版発行の古い本です。
この本はAmazonのKindle Unlimited対象で、30日間の無料体験でお読みいただけます。
本の概要
ACワークスが設立したのは2011年11月17日。ACワークスできたてほやほやの頃に出版された本なのです。
内容的には、デザインをしっかりすることで仕事を成功させよう!みたいなメッセージが伝わってくるハウツー系のビジネス書。
デザインのノウハウも色々書いてありますが、恐らくガッツリとデザインの仕事をされている方には物足りない内容なんじゃないかなと。(私にとっては十分なんだけど)
でも、あのイラストACや写真ACを作った人が、設立当時どんなことを考えていたのかが分かる貴重な一冊です。
文章が読みやすく、スッと頭に入る
多少試し読みができるので、さらりと流し読みしてみてください。
読みやすいんですよ、この方の文章。
中野由仁著「会社と仕事を変えるデザインのしかけ」は、2011年発行のやや古いビジネス書ですが、スッと頭に入る文体で非常に読みやすく、勉強になりました。2011年はイラストACが設立した年でもあり、中野さんの人柄や思いを感じ取れる一冊です。
— あかえほ@創作絵本とブログ (@akaeho_library) April 22, 2018
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デザインのノウハウも書かれているので、ある意味技術書みたいなところもあります。が、その割には文字の割合が多い。
でも、適度に話し言葉が入ってきて私的に読みやすい。一文が長すぎないので、コラムを読むような感覚で気楽に読める。専門用語を多用しないのも読みやすいのです。
古いけど、考え方は今でも通用するなと思う
やはり10年前のビジネス書なので、「古いなぁ」と思う部分は多々あるけれど。
就職活動でも商取引でも、まずはじめにホームページで確認をするという行動がすっかり定着しているのではないでしょうか。このような文化が定着してしまった以上、ホームページのデザインに注力しないことは、大きな機会損失を生んでしまいます。
中野由仁,『会社と仕事を変えるデザインのしかけ』 株式会社クロスメディア・パブリッシング,2011年,p.136
これは今の時代だとSNSってことになるのかな。
しっかり情報収集したい場合は、私はホームページをチェックするけど。Facebookページしかないとか、Instagramアカウントしかないとかだと個人的には信頼度が低い。
かと言って、ホームページとは別にSNSのアカウントが何も無いと「インターネットに力を入れていない」印象になる。
SNSでデザインって・・・どうすればいいんだろうね?今それ知りたいわ(笑)
ホームページのデザインをするときに、横幅は何ピクセルにしないといけないというルールはありません。そこでおすすめするのは、Yahoo!Japanのサイズに合わせるということです。Yahoo!Japanは日本で最も閲覧されているサイトであるため、このサイトと同じサイズにしておけば時代性を欠いた印象が出ることはありません。
中野由仁,『会社と仕事を変えるデザインのしかけ』 株式会社クロスメディア・パブリッシング,2011年,p.137
これは・・・見事にGoogleにその座を奪われたよね・・・(;´・ω・)
そして今考慮すべきは、パソコンでもスマホでも快適にサイトを閲覧できるレスポンシブデザインになった。
きっと中野さんはデザイナーの労働環境改善のためにイラストACや写真ACを作った
この人の思いは、多分あとがきに書かれている言葉にギュッと詰まっていると思う。
私は、デザインを仕事に選んで以来、何度も徹夜をして、働き過ぎて倒れたことも数回。寝不足が続き、車を運転しながら眠ってしまったり、大切なお客様の会議で居眠りをしてしまったり。今でも、こんなに苦労するデザインの仕事に敵意すら持っています。でも、デザインを止められないのは、やっぱりデザインが好きだからです。
中野由仁,『会社と仕事を変えるデザインのしかけ』 株式会社クロスメディア・パブリッシング,2011年,p.222
だからACワークスという会社を作ったのか。デザイナーさんの負担を軽減するために。
・・・たぶん。
デザインは働く人のモチベーションを上げ、売上を上げることができます。デザインは会社と仕事を変えることができるのです。
中野由仁,『会社と仕事を変えるデザインのしかけ』 株式会社クロスメディア・パブリッシング,2011年,p.223
これ単体で読むと「何を綺麗事を」と思うかもしれないけど、1冊まるまる読んで最後にあとがきでこの一文を読むと言葉の重みが違うのです。
2章に「少しでも著作権を理解しておけばトラブらない」という見出しがあって、著作権や著作者人格権の解説があります。
このページに私ものすごい量の書き込みをしていて、
- ACの著作権・著作者人格権の譲渡はユーザー側の利便性を優先した結果のことか?
- 前提として、デザイナーの労働環境の悪さがある
- クリエイターのため<ユーザーのため
- デザイナーさんが素材の権利を気にせず利用できて、労働環境が少しでも改善すればモチベーションアップに繋がる
等々書いていました。これらはあくまで私の感想というか、考察というか。
ACさんは、誰でもイラストレーター・クリエイター会員になれて作品を投稿できます。
ダウンロードされれば報酬を得られる。ただし、著作権も著作者人格権もAC側に譲渡になるという特徴があります。
イラストレーター・クリエイターから非常に嫌がられているこのシステムですが、元はと言えば、ユーザーであるデザイナーさんファーストでスタートしているからこうなっているんだろうなぁ?と思うわけです。(今もこのシステムなのは、今更変えられないからなのでは?とも思う)
今となってはおなじみのフリー素材サイト「いらすとや」さんの素材の提供開始は2012年のこと。
きっと、気軽に商用利用できる素材サイトが今と比べてずっと少なかったから、デザイナーさんのためのサイトを作りたかったんじゃないかな?と思うのです。
中野さんの夢は叶ったのかな
11章「仕事環境をデザインする」の見出しの中に、こんな文章があります。
いつも思うのです。「いつか自分も、最高のオフィスを作ってみせる!」と。
中野由仁,『会社と仕事を変えるデザインのしかけ』 株式会社クロスメディア・パブリッシング,2011年,p.198
これは私の個人的な夢なのですが、なぜここまで思えるかというと、理由もあるのです。デザインされた快適なオフィスには3つの効果があるからです。
「スタッフがずっと働きたくなる」「お客様の信頼を得ることができる」「作業効率が上がり生産性が増す」の3つです。
表紙にある中野さんの紹介文にはこのようにあります。
たった1人で、6畳の自宅の部屋から資本金1円で起業
中野さんが最初に立ち上げたのはデザイン会社アドアチーブという会社。アドアチーブの従業員も増えて、その後ACワークスを作って、という流れ。(たぶん)
アドアチーブとACワークスは、今はなんかもう関わりないような感じだけど。
ACワークスも今、すごく素敵なオフィスで従業員も複数人いて。この本に書いてあった夢は叶ったのかな。
一点だけ気にかかるのは「お客様の信頼を得ることができる」という部分。
今の時代はオフィスの重要度が下がったように思う。新型コロナウイルスの影響でリモートワークも一般的になったりしてるしね。
そもそも、お客様がオフィスに訪れる機会のない会社でオフィス空間のデザインにこだわった所で、お客様の信頼が得られるものではない。
お客様の信頼を得るためにACワークスが注力してデザインすべきところは、オフィス空間ではなくオンライン空間だ。
目先の売上よりも信頼を獲得していく段階になったのでは
冒頭、はじめにの部分に、こんなことが書いてあります。
厳しい環境の中で日々戦っている会社としては、長期的なことよりも、生き延びるためにまず目先の売上が必要なのです。その場しのぎに過ぎないと言われるかもしれませんが、もちろん自信を持って、その場しのぎですよと胸を張って言えるのです。きれいごとだけでは会社は潰れてしまいます。
中野由仁,『会社と仕事を変えるデザインのしかけ』 株式会社クロスメディア・パブリッシング,2011年,p.4
ただし、その場しのぎをきっちり繰り返して、結果的にデザインを会社に取り込めればいいのです。大切なのは、短期的な視点と、長期的な視点の両方を持たなければならないということです。
これは、「会社概要のデザインさえ高めれば、売上は上がる」という話なんだけど。
この部分だけ読むと、まるでACワークスのことのようで。
まさに「目先の売上」をかき集めるかのようなシステムはいくつか記憶にある。(敢えて書かないけど)
でも、もうACワークスは、目先の売上を気にしながら何とか生き延びるという段階はとっくに切り抜けているはず。
これからの時代は、「誰のためのサイト」なのかを明確にして、目先の売上よりも信頼を獲得していく段階ではなかろうか。
「誰のためのサイト」なのかを再確認し、ユーザーを大切に扱って欲しい(最後に)
今の時代において、イラストACや写真ACは、一体「誰のためのサイト」なのだろうか。
私はこの本を読んで、デザイナーのためのサイトと想像した。当時はそれで正解だったと思う。
でも、この本が書かれてから10年以上が経過した。
時代は変わった。ユーザーのタイプも変わった。
ユーザーでもありイラストレーター・クリエイターでもあるという人が非常に増えた。
つまり、「お客様」でもあり、ACワークスのために「働く人」でもある、という人たち。
もはやACワークスにとって「働く人」とは従業員だけじゃない。イラストレーター・クリエイターたちも該当するだろう。今となっては彼らなしにはサイトが成立しない。
はて、今となっては、「誰のため」のサイトなのだろう?
「お客様」の信頼を獲得し、「働く人」がずっと働きたくなるような素材サイトを、長期的な視点を持ってデザインし、今後も益々発展していくことを心から祈ります。